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上伊由毘男のブログ

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行き過ぎた資本主義は社会主義と区別がつかない

いまだに資本主義と社会主義を対立軸にし「社会主義は失敗した→資本主義は正しい!」などと言ってるのはさながら「冷戦脳」とでも言えばいいのか。大きな政府か小さな政府かの話もそうだが、そんな二元論で話がすんだらどれほど楽か。


意味のないオルタナティブな社会システムを模索するのはやめにしよう - 藤沢数希 : アゴラ
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かつてのソ連や東側諸国を見て社会主義は失敗と言うのはたやすいが、急激に経済成長してる中国をどう説明するのだ。また、日本型資本主義あるいは日本型社会主義と呼ばれた我が国が戦後奇跡的な復興を遂げ、その後没落したのはどういうことか。悲しいかな日本はこの20年日本を取り巻く環境の変化に全くといっていいほど対応してこなかった。つまり、社会体制、経済システムだって時代が変わればそれとともに変わっていかなければならないし、そのための模索は続けるべきなのだ。


小さい政府の名のもとに自由市場経済を放任すれば、いずれ寡占・独占が起こる。また今日ではグローバル化のため国単位での対応を求められる。国全体としての選択と集中が行われる。弱体化した産業は切り捨てられ、一握りの業界、企業、個人だけに富が集中し、彼らが日本を事実上支配するようになる。現に今の日本は形ばかりの民主主義で、政党は企業や団体の利益代弁者となっている。メディアは業界団体と広告にコントロールされ、言論の自由は有名無実化し、国や企業にとって都合の悪い言説は封殺される。国民の大多数を占める給与所得者は劣悪な労働環境にNOをつきつけることも日本から逃げ出すこともできず、企業に都合のいい労働力として使い捨てられる。人権よりも企業の収益性が重視され、政治は福祉よりも企業の利益誘導に努める。そうしなければ国際競争力上不利だという理由で。
一部の個人・団体に集中する富と権力、国際競争力という名の全体主義。経済成長のみを求め人権をないがしろにする。これが、資本主義、自由市場経済の成れの果てだ。北朝鮮や中国と何が違うのだ。

また政府が経済や国民を管理する社会は、経済的に貧しいだけではなく、旧ソ連カンボジアルーマニアなどの例を持ち出すまでもなく、ほぼ例外なく政府による市民の大虐殺が行われた。

毎年3万人の自殺者を出す社会は国ぐるみでの虐殺とも言える。人身事故で電車が止まったときに人が死んだことより電車が遅れて会社に遅刻することを心配する状態は明らかに異常だ。

競争的な外食産業や、衣料品、電化製品などは、我々は常により良いものをより安く提供される。コンビニエンス・ストアの24時間のサービスなども非常にありがたい。

そのサービスのチキンレースの挙げ句、過労死過労自殺が絶えない。
自殺や過労死を空気のようにあたりまえに思ってしまえる国が、旧ソ連北朝鮮を非人道的と呼べるのだろうか。


こういうことを書くとすぐにサヨとか言われるようだが、私自身は自由市場経済を否定しない。むしろウェルカムだ。ただしそれには健全な競争が必須である。明確なルール、厳密な法適用、勝ち負けが固定されず常に競争を促すような富の再分配、そうした制度があってこそ市場競争は機能する。そうでなければ、資本主義も社会主義もあったものではない。