上伊由毘男のブログ

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人生の敗北者なのでもう全て終わりにしたい

これから自意識と承認欲求の肥大した中年男がみっともない文章を書くので、読みたくない人はブラウザそっ閉じで。











ある日突然、目に入ってきた広告に「人生楽しい人の勝ち」ってコピーがあった。広告はこっちの都合関係なくぶつけられるから始末が悪い。


俺はもう負けてしまった。何も無くなってしまった。
もとより金はない。
激しく稼げる能力もない。
貧乏でも寄り添ってくれる恋人もいない。
酒を呑んで一緒に愚痴りあえる友もいない。まあボク酒飲まないですけど。
心身ともに弱っていく。今まで他の人と同じようにできてたことが、できなくなっていく。


熱中できることもない。正確に言うとなくなってしまった。何事も金がかかるので金がないことは私の心の炎まで奪っていく。
知人らと会うこともめったになくなった。金が無いから会いに行けない。そしたら疎遠になる。心の距離も遠くなる。
一人で楽しむ趣味もない。あらゆる趣味は金がかかる。
趣味どころではない。生きてるだけで金がかかる。昨日の喜びも明日の楽しみもない、ただ生きるだけの社会の虫ケラ。
貧困は全て奪っていく。希望も。友も。尊厳も。


それはお前が金でしか成立しえないような人間関係しかなかったからだろうと言われればそれは全くそのとおりで。
私には人として大事な何かがそもそも欠けているのだ。それが何なのか、どうやったら今から回復できるのか、まるでわからない。
少なくとも、こんなシンキクサイ文章書いてりゃ人は離れていくとは思う。だがこういう私の気持ちを聞いてくれる人がいないこと自体が私の欠陥であり、それを知ってて書かざるを得ないの(俺だって好きで書いてるんじゃないよ誰かに聞いてほしいんだよ)も、また私の悪である。


悪いのは全部自分なのだ。
でも、今からどうすればいいんだ。金をかけずにできることが、無い。
もうツイッターとかでシンキクサイこと言うのはやめようと思って、そういう気持ちは小説にしたり歌にしたりした。全く見向きもされなかった。デキの良し悪し以前にアクセスがない。ヒトケタってなんだよ昔ジオシティーズテキストサイトやってた時のほうがよっぽどアクセスがあったわ。ブログのアクセスもひどい。インターネット全体でいえばカスだ。世の中の9割がカスなら俺がカスでも当然なんだけど。


しかし、世の中から全く見向きもされないというのは、自分の実在を疑ってしまう。いてもいなくてもいいじゃないか。どうせ何の役にも立たないし、誰も楽しませられないし、誰にも愛されてないし必要ともされてないのだから。
消えればいいというか、消えたい。
どうせ誰も気にしてない、いてもいなくても同じなのだから。


ここまで思っていても、生きることをやめることができない。自分にはまだ何か生きる価値がある、人のために役に立てる、喜ばせることができるんじゃないかと思い込もうとしている。本当にみっともない。


私は一時期、実家で蟄居のような生活をしていたことがある。あの時インターネットが無ければ私は孤独に苛まれとっくに自ら命を断ってただろう。
今はある意味あの頃よりつらい。かつてより膨大に増えたインターネットアクセスの並の中で、全く無視されているのだから。雑踏の中の孤独、そのものだ。


生きている証が欲しい。