上伊由毘男のブログ

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殺人の半分が親族間で行われてる国で一家団らんとか夢見すぎ

国民一人一人がどのような家庭感を持つかはもちろん自由であります。しかし、国が国民の家庭の有り様までコントロールするのは危険ってか、嫌です。


少子化対策に親との「近居」を NHKニュース

石破地方創生担当大臣は鹿児島市で講演し、地方創生の実現に向けた少子化対策の一環として、子どもを産み、育てやすい環境を整えるため、若い世代とその親の世代が近くに住むことができるような支援策を検討していく考えを示しました。


常々感じますが、“家族は無条件で仲が良くて円満で一家団らんである”ってのは何をどう考えたらそういう結論になるんですかね。テレビの見過ぎなんじゃないのって思います。


DVや児童虐待といった話は報道レベルでも決して珍しい話ではなくなってるし、介護疲れで家族を殺したなんて事件も報道で目にすることはしばしばです。
フィクションなんかでは「子供を愛さない親がどこにいますか」なんてセリフがよく見かけられますが、残念ながら家族間での殺人は決してレアケースではありません。


www.moj.go.jp/content/000112398.pdf

昭和54年以降の殺人について,被疑者と被害者の関係別の検挙件数並びに親族率(検挙件数に占める被害者が被疑者の親族である事件の比率)及び面識率(検挙件数に占める被害者が被疑者の親族又は親族以外の面識者である事件の比率)の推移を見たものである。昭和54年から平成15年までは,ほとんどの年で親族以外の面識者に対する事件が親族に対する事件よりも多かったが,16年以降は逆転し,親族に対する事件が最も多くなっている。
親族率は,平成16年から上昇傾向にある(23年は52.2%)。面識率は,昭和54年以降のほとんどの年で80%台後半であり,おおむね横ばいで,非常に高い水準で推移している。逆に言えば,検挙件数に占める面識のない相手に対する殺人事件の比率は10%強と低い水準である。


実に殺人の半分は親族間で行われているということになります。この現実から目を背け、まさしく絵に書いたような一家団らんを夢見て国民に押し付けるなど、絵に書いた餅というか、まやかしではないかとすら感じます。


これは何も最近の日本人はモラルが低いといった話ではなく、昔から娘を金のために売り飛ばしたりとか、口減らしのために子供を間引きするとかってのは、珍しい話ではなかったわけですし。


そりゃ今うまく行ってる家庭ならさぞ幸せでしょうし、国に言われるまでもなく助け合い支えあって生きていくでしょう。それは素晴らしいことです。しかし、殺人までいかなくてもうまくいってない家庭は決して少数派ではなく、そういう人たちに制度とかで一家団らんを押し付けても悲劇しか生まないのではないでしょうか。


エラい人が一家団らんを夢見るのは、古き良き時代へのノスタルジーでもなんでもなく、愛にも金銭的にも恵まれた家庭で育った人々が「俺は幸せだったからみんなもそうすりゃいいじゃん」という、あまりに想像力にとぼしい価値観の押し付けなのではないでしょうか。


血族だから、家族だから、愛が無条件に発生するなんてことはないのですよ。